2012年09月25日

<オリンパス事件>「一切の責任は私に」初公判で菊川元会長

<オリンパス事件>「一切の責任は私に」初公判で菊川元会長

毎日新聞 9月25日(火)13時49分配信

<オリンパス事件>「一切の責任は私に」初公判で菊川元会長
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初公判のため弁護団と共に東京地裁に入るオリンパス元会長の菊川剛被告(手前中央)=東京・霞が関で2012年9月25日午前9時54分、矢頭智剛撮影

 オリンパスの損失隠し事件で、金融商品取引法違反で起訴された旧経営陣の初公判が25日、東京地裁で始まり、検察側は冒頭陳述で、旧経営陣が損失公表の先送りに奔走した経緯を明らかにした。

 急激な円高で営業収益が悪化した同社は「金融で本業を助ける」との方針で80年代から積極的な金融商品の運用を始めたが、バブル経済崩壊で含み損が発生。95年、元常勤監査役の山田秀雄(67)、元副社長の森久志(55)両被告が「海外にファンドを作って小分けして運用し、業績に応じて適宜解約して損失計上を回避できる」と大手証券会社OBから提案を受けた。

 元会長の菊川剛被告(71)は99年に損失隠しを認識。それ以降、山田、森両被告から半年に1回の割合で含み損の状況について定期報告を受けた。07年には、海外ファンドに移し替えた損失を解消する手法を山田、森両被告が大手証券会社OBらと東京で協議し、菊川被告にも報告した。

 冒陳に先立ち行われた起訴内容の認否で菊川被告は「簿外で巨額の損失があることは知っていた。(市場への)影響を考えて苦悶(くもん)の日々が続いたが、優柔不断で公表に踏み切れなかった。なぜ決断しなかったか、慚愧(ざんき)の念に堪えない」と手持ちの書面を読み上げた。

 逮捕前の第三者委員会の調査には「部下に任せていた」とあいまいに説明していたとされるが、この日は「一切の責任は私にある。全責任を負う」と粉飾への関与を全面的に認めた。【島田信幸、山田奈緒】

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